
研究テーマ
出没自在エージェントによる心地よい接客DXの実現:社会的受容性と販促効果を両立する動的身体性の実証研究
公共空間や実店舗において、ロボットなどの身体を持つ接客エージェントを用いた販売促進は高い集客効果を持つ。しかし、その身体の存在がユーザの視覚的注意を商品から逸らしてしまう問題や、周囲の目を気にして羞恥心を引き起こすという課題がある。さらに、実際の店舗では家族連れなどの複数人でインタラクションを行うことが多く、ユーザの同行者の関心が維持できず離脱してしまうことで、情報提示の機会損失も生じている。この時、エージェントの身体が存在し続けることは、手持ち無沙汰な同行者にとって視覚的なノイズとなり、効果的な情報受容を妨げてしまう。
そこで本研究では、複合現実技術を用い、インタラクションの文脈に応じてエージェントの身体の出現と消失を動的に切り替える「出没自在エージェント」を提案する。具体的には、集客を行う導入フェーズでは身体を出現させて注意を喚起し、商品推薦を行う商品推薦フェーズでは身体を消失させる。身体を消失させることで、情報提示における視覚的ノイズを排除するだけでなく、多人数環境においては、手持ち無沙汰であった同行者の視線を商品へと自然に誘導し、同行者を「インタラクション終了を待つ状態」から「共にコンテンツを視聴する状態」へと移行させることができる。
このようなエージェントの動的な身体制御により、集客と有効な情報提示の間に存在するトレードオフを解消することが可能となる。文脈に応じて身体を消失させるアプローチは、周囲からの注視に伴う羞恥心などの心理的負担を軽減し、同行者を含めたグループ全体での情報受容を促す手法として機能する。結果として、単独のユーザだけでなく多人数環境においても、誰もが快適に参加できる心理的アクセシビリティの高いヒューマンエージェントインタラクションの実現に寄与するものである。
研究のきっかけ

本研究のきっかけは、公共空間へのエージェント導入を阻む一因である「ユーザの羞恥心や不安感」を解決し、実社会で人々に気兼ねなく使ってもらえるエージェントシステムを実現したいと考えたことです。
研究室に配属され、自身の研究テーマを模索するために文献調査を行っていた際、専門分野であるHuman-Agent Interaction(HAI:ヒトと人工物の適切な関係性を模索する研究分野)には数多くの興味深い研究成果が存在することを知りました。しかし同時に、それらの多くが実験室環境での検証に留まっており、実社会に実装されて人々の生活に還元されていない現状に対して「もったいない」という強い課題感を抱きました。
そこで社会実装に向けた研究を深掘りしていく中で、公共空間にエージェントシステムを導入しても、羞恥心や不安感といったユーザの心理的障壁が大きなボトルネックになっていることに気づきました。この心理的ハードルが要因となり、そもそもインタラクションが発生しなかったり、利用されても短時間で切り上げられてしまったりする問題が存在していたのです。この課題を解決し、公共空間で人々に気兼ねなく、きちんと使ってもらえるエージェントデザインを実現したいと考えたのが本研究の出発点です。
研究上の工夫等
本研究の独自の取り組みは、エージェントの身体が持つ利点と欠点を状況に応じて使い分ける理論の構築と、実社会の制約下で稼働させるためのシステム開発にあります。具体的には、ユーザの認知状態とタスク目的に基づき、インタラクション全体を導入、商品推薦、対話の3つのフェーズに分割しました。集客が必要な場面では身体を出現させ、情報への集中と羞恥心の低減が必要な場面では身体を消失させるというように、各タスクに最適な身体要件を明確化し、出没自在エージェントの理論的基盤としています。なお、この「必要な時だけ姿を現し、対象への注視を促す」という提案手法の設計は、私の好きなゲーム『ゼルダの伝説 時のオカリナ』に登場する妖精『ナビィ』と、対象に焦点を合わせる『Z注目システム』からインスピレーションを得たものです。
さらに、この概念を実店舗の環境制約下で実現するための独自のハードウェア開発も重要な工夫です。照明環境や投影スペースに制限がある実際の小売店舗での運用を想定し、3Dプリンタやサーボモータを用いたオリジナルの「物理身体駆動サブシステム」を設計しました。エージェントを表示するモニタ自体を筐体内部へ物理的に格納・露出させることで、どのような環境下でも視覚的ノイズを完全に遮断できる堅牢なシステムを実現しています。
また、単一のユーザだけでなく、実店舗で生じやすい「行動の依存性」に着目した点も本研究ならではのユニークなアプローチです。これは、家族連れなどで同行者が手持ち無沙汰になり、結果としてグループ全体の離脱に繋がってしまう現象を指します。本研究では、説明時にエージェントの身体を消失させることで、同行者の視線をも商品映像へと自然に誘導し、グループ全体を「インタラクション終了を待つ状態」から「共にコンテンツを視聴する状態」へと移行させるように設計しています。

社会とのつながり

本研究の成果は、深刻化する小売業界における人手不足の解消や、実店舗ならではの新しい顧客体験の提供に直接的に寄与するものです。これまで、接客を行う店員の代替としてロボットやエージェントが導入されても、周囲の目を気にして羞恥心を感じ、利用を避けてしまう人々が一定数存在していました。本研究の提案手法は、こうした利用者の心理的な障壁を取り除き、より多くのユーザが自然にテクノロジーの恩恵を受けられる、心理的アクセシビリティの高いシステム設計の基盤となります。
また、実社会における購買行動や施設利用は、単独ではなく家族や友人などの複数人で行われることが多々あります。本研究で構築する「複数人の視覚的注意を同時にコントロールし、関心を維持する」ためのデザイン指針は、単なる商品推薦システムに留まりません。駅や空港での案内システム、公共施設でのデジタルサイネージなど、不特定多数が行き交うフィールド環境における複数人インタラクション全般の最適化に応用できる可能性があります。
今後の展望(研究)
これまでは、ボードゲーム(商品説明を要する娯楽品かつ比較的安価な商品)を対象に出没自在エージェントの設計と検証を行いましたが、今後はさらに多様なフィールドでの社会実装を目指したいと考えています。商品の性質(例:高額な商品や日用品など)が変われば、ユーザが求める情報提示のあり方やエージェントの最適な身体要件も変化するはずです。この仮説を検証するため、すでに他の研究機関や複数の小売店と連携に向けた協議を進めており、異なる実験フィールドでの実証実験を構想しています。また、実店舗での本格的な運用を見据え、エージェントに対する目新しさが薄れた後も効果が持続するのかを明らかにするため、長期計測による効果減衰の調査にも取り組む予定です。
さらに、エージェントに対する人々の受容性は、地域や文化によって異なる点にも着目しています。新しいモノやインタラクションに対しておおらかな地域もあれば、忌避感を抱きやすい地域も存在します。これは国際的な国民性の違いにとどまらず、国内の地方ごとの文化差によっても生じると考えられます。今後は、社会学や心理学など他分野の知見も交えながら、地域性や文化的背景がヒューマンエージェントインタラクションに与える影響を多角的に分析し、各地域に最適化されたエージェントの設計論を確立したいと考えています。
技術的な発展の夢としては、現在の「タスクのフェーズ進行に合わせた制御」から一歩踏み込み、ユーザのリアルタイムな状態に応じた「自律的な動的制御」を実現したいと考えています。具体的には、空間内のセンサや大規模視覚言語モデル(VLM)を活用して、ユーザや同行者の視線、表情、興味の度合いといった内部状態を即座に推定し、「今、この瞬間に身体を消すべきか、現すべきか」をシステム自身が判断してシームレスに切り替えるシステムの構築です。この究極の適応型エージェントを実現することで、人間と人工物が一切の心理的障壁なく、ごく自然に共生できる社会インフラへと昇華させていきたいと考えています。

今後の展望(キャリア)
私はあえて「傍流を歩む研究者」でありたいと考えています。この「傍流を歩む」というのは、私が尊敬する小野哲雄先生のお言葉なのですが、単に奇をてらうことではなく、多くの人が無意識に受け入れている前提や主流のアプローチに対して、あえて別の角度から光を当てる姿勢のことです。
実際、私が取り組んでいる出没自在エージェントの研究アイデアも、こうした傍流の思考からスタートしています。HAI分野の論文を読んでいると、登場するエージェントのほとんどが身体が視覚化されたものばかりでした。「それなら逆に、視覚化されていないエージェントがいてもいいのではないか? もしそんなエージェントがいるとしたら、一体どのような場面で活躍できるだろうか?」と考えを巡らせていったことが、文脈に応じた動的な身体制御という独自のアプローチへと繋がりました。
今後、社会に出て研究開発のキャリアを歩む上でも、この姿勢を貫きたいと考えています。AIやロボティクスなどの分野で次々と流行りの技術が生まれ、社会に定着していく中でも、常に「主流のアプローチによって見落とされている視点はないか」「別の形があるのではないか」という多角的な視点を持った研究者でありたいです。
ただ流行を追うのではなく、誰も目を向けていない領域から新たな価値を見出し、傍流から次のインタラクションの当たり前を切り拓いていけるような研究者を目指しています。
企業の方へのメッセージ
本研究における商品推薦は、社会実装に向けた一つのアプローチに過ぎません。私の真の目標は、公共空間に限らず、オフィスや家庭などあらゆる日常の場面において、人間の心理的な障壁を取り除き、誰もが自然にテクノロジーの恩恵を受けられるシステムを社会実装することです。
私は、人間心理の深い理解に基づく設計思想から、ソフトウェアとハードウェアを統合したプロトタイピングまでを一貫して遂行できる実践力を強みとしています。今後のキャリアではこの強みを活かし、次世代のHuman-Computer Interactionを牽引する研究開発人材として活躍したいと強く志望しています。現場が抱える実践的なビジネス課題の解決はもちろん、数十年先の人間とテクノロジーの共生を見据えた中長期的な価値創出までを自ら推進していく覚悟です。
私たちの生活を根底から豊かにするインタラクションの創出に向けて、私のビジョンや実装力に少しでも共感していただける企業様がおられましたら、共同研究や技術応用の可能性、そして私自身の採用・参画を含めて、ぜひ一度フラットに意見交換をさせていただけないでしょうか。人間中心のテクノロジー実装に本気で挑む方々との出会いを心待ちにしています。

学生、他研究機関へのメッセージ
実験室での厳密な検証によって得られた貴重な知見を、ノイズに溢れた実社会でどのように機能させ、人々の心を動かす体験へと昇華させるか。私はこのプロセスにこそ、研究の大きな醍醐味があると考えています。
私のアプローチはあくまで一例であり、人間とシステムの適切な関係性をデザインするための手法は無数に存在します。空間センサやVLMを用いたリアルタイムな状態推定の統合、あるいは心理学や社会学の知見を用いた文化差の解明など、私たちが挑むべきフロンティアは無限に広がっています。情報学から人文社会科学まで、分野の壁を越えて知見を融合し、実験室の成果を実社会における価値へと変換していく。そんな人間を中心に据えたテクノロジーの実装に本気で取り組みたい方、ぜひ互いの専門性を熱くぶつけ合いましょう。新しいインタラクションの形を、共に社会へ発信していく挑戦者を待っています!
後輩へのメッセージ
博士課程は、会社の看板や与えられた肩書きではなく、自分の名前に直接価値をつけられる最高の挑戦の場です。自身のコアとなる研究活動で成果を上げることはもちろんですが、学会の委員やコミュニティでの活動、さらには趣味や起業を通じた活動など、あらゆる経験が自分の価値を高めることに直結します。決められたレールの上を歩くのではなく、様々な方法で自分だけのキャリアを自由に切り拓いていけるのが、博士ならではの大きな魅力だと感じています。
私自身が進学を決意したのは、修士課程で就職活動を終えたときでした。「もうすぐ研究生活が終わってしまう」という事実に直面したとき、自分が思っていた以上に研究が好きだったことに気づいたんです。好奇心の赴くままに新しい技術に触れ、プロトタイピングとテスト実験を繰り返す総合格闘技のような研究プロセスが本当に性に合っていて、今後の発展アイデアも頭から溢れて止まりませんでした。
それに、私の周りには映画監督やイラストレーター、配信者など、自分の名前で生きている友人が多かったことも大きかったです。自分自身に賭けて生きている彼らの姿を一生羨んで終わるより、一度くらい自分自身を信じて勝負してみたいと思いました。内定をいただいた企業は本当に素晴らしい会社で、そこで働いていたらどんなに楽しかっただろうと夢想することもあります。でも、当時の研究熱を見て見ぬふりをして就職していたら、絶対に一生後悔すると思いました。打算はなかったものの、「他の同世代とは違う、ある意味で狂った選択ができるのは20代のうちが一番だ」と考え、友人がかけてくれた「今が一番若い」という言葉に背中を押されて進学を決めました。
結果として、自分のアイデアや研究への熱意に全力で向き合える環境を手に入れ、後悔は一切ありません。自分の好奇心に従って進学した今の生活は、私の人生で間違いなく最も充実したものになっています。
博士課程への進学やその後のキャリアに不安を感じるのは当然のことですし、私も大いに悩みました。ですが、もし皆さんのなかに少しでも「溢れるアイデアを形にしたい」「研究を続けたい」という熱意があるのなら、どうかその気持ちに蓋をしないでください。自分の可能性を信じて、思い切って自分の名前で生きるという魅力的な道へ踏み出してみることを強くお勧めします。