
政策・メディア研究科
日置 和暉さん
研究テーマ
運動会をつくり、まちをつくる-地域運動会の新たな開催モデルの構築-
私は、日本において戦後より行われてきた地域運動会を、どうすれば地域住民が主体的に関わり、楽しめる場として再構築できるのかを研究しています。
「スポーツまちづくり」という言葉で表されるように、スポーツには地域を活性化させる力があると考えられています。こうした背景のもと、スポーツ基本法では地方自治体に対して、「スポーツの日」に住民が参加できるスポーツイベントを企画・実施することを推奨しています。こうした地域スポーツイベントの代表的な存在として、長年にわたり日本各地で実践されてきたものが「地域運動会」です。地域運動会とは、自治体や地域団体が主催し、子どもから高齢者まで、幅広い地域住民の参加を前提として実施される運動会のことを指します。
近年、こうした地域運動会には、開催時間の短縮や規模の縮小、さらには開催そのものを取りやめるといった衰退傾向が見られます。そのため、地域運動会を主催してきた自治体や地域団体は、開催の意義そのものを再検討した上で、開催形態や運営方法を見直すことが求められています。しかし、その具体的な方向性は定まっておらず、多くの地域で手探りの状況が続いています。
そこで私は、地域運動会を地域住民が主体的に関わり、楽しめる場として再構築することを目指し、調査研究と実践研究の2つのアプローチから研究に取り組んでいます。まず、調査研究では、地域運動会が現在に至るまでどのような変遷を辿ってきたのか、また現在も活発に開催されている地域運動会には、どのような特徴があるのかを明らかにするための調査を行っています。これまでに、100名近くの地域運動会の運営者の方々へインタビュー調査をさせていただくとともに、種目が掲載されたパンフレットの分析や、各地の運動会に足を運んでのフィールドワークを重ねてきました(ときには韓国で行われた運動会にも参加しました)。
調査研究を通して、「大人も楽しめる地域運動会であるかどうか」が、地域運動会の盛り上がりや持続性を左右する鍵となり得るという仮説が見えてきました。多くの地域運動会が徐々に子ども向けのスポーツイベントへと変容していく中で、現在も盛り上がりを見せている地域では、大人も楽しみながら参加できる運動会が行われています。そうした地域では、参加を通して得られる楽しさをきっかけに、参加者の中から運営の担い手が生まれる循環構造が形成され、結果として地域運動会の持続的な運営が可能になっていると考えられます。
こうした調査研究を踏まえ、「どうすれば大人楽しめる地域運動会を再構築できるのか」という問いのもと、自治体と連携しながら地域運動会を再構築する実践研究にも取り組んでいます。実践研究は、私一人で進めるのではなく、学生のメンバーたちとともにプロジェクト形式で進めています。
研究のきっかけ
「競技スポーツに限らないスポーツの価値を、より深く探究していきたい」と感じたことが、この研究をはじめたきっかけです。
私は、約20年間テニスの選手として活動し、競技引退後はコーチとして指導に携わりながら、スポーツ選手の熟達化の支援を目的とした研究活動に取り組んできました。こうしたトップアスリートの育成に携わる傍ら、試合には出場せず、テニスを楽しむ方々にコーチングをさせていただく機会がありました。
私はそれまで、スポーツとは試合という「非日常」に向けて、練習という「日常」を積み重ねていくものだと考えていました。しかし、テニス愛好家の方々にとっては、日々の生活や仕事が「日常」であり、テニスの練習こそが「非日常」なのです。そこでは、「上達すること」ももちろん大切ですが、それ以上に、「その場がどれだけ楽しいものであるか」、「その場にいる人とどれだけ仲良くなれるか」といった要素が重要な意味を持ちます。そして、こうした場をどのように設計できるのかを考えること自体に、強い興味とやりがいを感じている自分がいることに気づかされました。
こうした中で、博士課程での研究テーマについて、指導教員の先生と議論を重ねていく中で、「地域運動会」というキーワードと出会いました。地域運動会は、まさにスポーツを通して、人々や地域にとっての非日常をもたらす場です。様々な構造的な課題を抱える中で、地域運動会をはじめとする地域スポーツイベントをより良い形で開催するための一助になりたいと考え始めたことが、この研究を始めるきっかけとなりました。実際に、地域運動会の研究を進めていく中で、より良い地域をつくろうと頑張る沢山の方々と出会い、私自身も多くのエネルギーをもらっています。こうした方々と一緒に、面白い未来をつくっていきたい。それが、現在の私の研究活動の大きな原動力です。

研究上の工夫等

この研究を進めるうえで大切にしているのは、「とにかく足を動かすこと」です。
具体的には、何度も地域へ足を運び、様々な集まりに参加しながら、住民の方々と顔の見える関係性を築くことを大切にしています。2025年度だけでも、連携している地域に70日近く足を運びました。
このような関わり方を大切にしているのは、実践研究を進めるにあたり、研究者として外部から知見を提供するだけでなく、地域の一員として同じ目線でイベントづくりに関わることを大切にしているためです。この考え方が色濃く反映された取り組みのひとつが、地域運動会の新種目を住民の方々とともにつくり上げる「スポーツ共創ワークショップ」です。これは、「未来の運動会」の取り組みを参考にさせていただきながら実施しているもので、地域住民の方々と学生メンバーが協働しながら、新しい運動会の種目を考え、実際に試しながら形にしていきます。こうしたワークショップを地域運動会のプレイベントとして実施することで、運動会の内容が毎年更新されていくとともに、参加者と運営者のあいだに新たな関わりの層を生み出すことが期待できます。
しかし、実際には「ワークショップをやります!」と公募をかけただけでは、ほとんど人が集まりません。私自身も、初めてスポーツ共創ワークショップを実施した際、ワークシートや道具を準備し、さらにはお菓子やジュースまで用意して会場で待機していたのにもかかわらず、参加者が誰一人来なかったという苦い経験をしました。こうした経験から、地域における実践研究では、単に企画を用意するだけではなく、信頼関係の中で参加していただける関係性を築いていくことが重要であると学びました。
社会とのつながり
私はこの研究を通して、「自分の住むまちが好きだ」と思える人を増やしていきたいと思っています。
皆さんは、自分の住んでいるまちが好きですか。プロジェクトメンバーと議論していると、「生まれたときから住んでいるから、好き・嫌いといった感情は特にない」という人が意外にも多いことに気づかされました。また、一人暮らしをしている学生の中には、「大学が近いから便利で好き」といったように、機能的な理由でまちを評価している人も少なくありません。
私たちが目指しているのは、もう少し情緒的な理由で「このまちが好きだ」と言える状態です。では、情緒的な理由でまちを好きになるためには、何が必要なのでしょうか。それは、「あの人がいるからこのまちが好きだ」と言えるような、人と人との関係性であり、こうした関係性を生み出す場のひとつが、地域運動会なのではないかと思います。
さらにもう一歩踏み込むと、地域運動会は、地域外の人々にとっても「あのまちが好きだ」と思ってもらえるきっかけになり得るのではないかと考えています。これまで地域運動会は、地域内の自治会・町内会を基盤として開催されてきたことから、地域外の人が参加することが難しいイベントでした。しかし近年は、自治会・町内会の機能低下を背景に、自由参加型の運動会が主流になりつつあります。
この変化を逆手に取れば、地域運動会は、その地域の魅力を地域外に開いていく機会にもなり得ます。単に観光でまちを訪れるのではなく、地域の運動会に参加し、住民と同じチームで競い合い、同じ時間を共有する。そうした体験を通して、地域住民と地域外の人との関係が生まれていく。こうした「関係人口」を生み出す機能を担う、新たな地域運動会の開催モデルの構築にもチャレンジしていきたいと思います。
今後の展望(研究)
今後は、音楽、アート、食といった他領域とのコラボレーションを積極的に行っていきたいと考えています。地域運動会をどのようにデザインしていくかを考えていると、スポーツが担う領域は、競技種目やルール設計、安全の確保といった部分に限られることに気づかされます。一方、運動会というイベント全体の魅力を高めていくためには、会場の装飾や音響、さらには打ち上げの食文化など、スポーツの枠を超えた要素が重要になります。だからこそ、地域運動会をひとつの共創のプラットフォームとして捉え、他領域の方々とコラボレーションしていきたいと考えています。

今後の展望(キャリア)
今後は、大学の教員として研究と教育の両方に携わっていくことを希望しています。まずは私自身が最前線での研究活動を続けていきながら、教員として実現したいことが2つあります。
1つ目は、アスリートの大学院進学者を増やすことです。アスリートは、競技に真剣に取り組んでいるほど、「なぜこんなにも上手くいかないんだ」といった、研究の問いに昇華し得る原体験(それはときに「痛み」でもある)を持っているのではないかと思います。しかし、競技に打ち込んでいる時期には、そのことに自覚的になれていない場合も少なくありません。競技引退後に、研究を通してその経験に向き合うことができれば、それは本人の今後のキャリアにとっても大きな意味を持つとともに、スポーツ界にとっても有益な知を生み出すことにもつながるのではないかと考えています。
2つ目は、地域に出て研究する学生を増やすことです。私自身、大学の外に出て、様々な地域と協働する機会をいただいていますが、こうした経験を通して感じているのは、大学生は地域の未来をつくる人材になり得るということです。学生にとっては、地域での実践を通して、大学で培う専門性をさらに深化させる機会になるとともに、地域にとっては、地域課題の解決や新たな価値創出につながる。こうした、双方にとってポジティブな影響を与え合う域学連携の取り組みを実践していきたいと考えています。

学生、他研究機関へのメッセージ
まちの運動会プロジェクトに興味のある方は、ぜひお声がけください。先述したように、スポーツに限らず、音楽、アート、食などに関心のある方とのコラボレーションを希望しています。