研究テーマ

血中脂肪酸組成を客観的な栄養バイオマーカーとして用い、炎症を介した心血管代謝リスクの形成過程を、日本人の未病段階から縦断的に解明

私の研究は、毎日の食生活の違いが、将来の病気のなりやすさにどうつながるのかを、血液中の脂肪酸を手がかりに明らかにしようとするものです。
一般に、食事調査は自己申告に頼る部分がありますが、血中脂肪酸は実際の食習慣を比較的客観的に反映する指標です。そこで、都市住民コホートである神戸研究の長期追跡データを用いて、血中脂肪酸の違いが、炎症や血圧、血糖、腎機能、脂質異常などにどのように関係するかを調べています。
この研究の特徴は、すでに病気を発症した人ではなく、がんや循環器疾患の既往がなく、高血圧・糖尿病・脂質異常症の服薬歴もない、未病段階にある集団を対象としている点です。病気になってからではなく、その前段階で何が起きているかを明らかにすることで、健診や保健指導、予防医療の設計に活かせる知見につなげたいと考えています。

研究のきっかけ

私は社会人を経てから大学院に進学しています。
管理栄養士として生活習慣病患者やその予備群の方に食事指導を行う中で、「病気になってから対応する」のではなく、「発症する前の段階で予防する」ことの重要性を強く感じたことが、この研究に取り組むきっかけです。
その問題意識から修士課程では公衆衛生学を学び、慶應義塾大学経営管理研究科(KBS)の院生とともに予防医療に取り組むヘルスケア企業を立ち上げ、研究知見を社会実装する方法を考える機会を得ました。この経験を通じて、エビデンスをつくることと、それを現場で使える形にすることの両方が重要だと実感し、博士課程ではその基盤となる研究に本格的に取り組みたいと考えるようになりました。
研究テーマとしては、食事調査よりも客観性の高い指標として血中脂肪酸に着目し、炎症を介して生活習慣病リスクが形成される仕組みを明らかにしたいと考えるようになりました。
また、現場で健康支援に長年携わってきた経験から、研究成果は論文の中だけで完結するのではなく、保険者や自治体、医療職が実際に使える形に展開されてこそ社会的意義が大きいと考えています。そのため、予防医療の現場で役立つ知見をつくることを意識して、この研究に取り組んでいます。

研究上の工夫等

第一に、食事内容を自己申告で把握するだけでなく、血中脂肪酸という客観的なバイオマーカーを用いて食習慣を評価している点が工夫です。一般的に食事内容の自己申告は過小評価や過大評価が生じやすいことが知られています。本研究では血中脂肪酸を用いることで、記憶や回答バイアスの影響を受けにくい形で、栄養と健康リスクの関係を検討できます。
第二に、血中脂肪酸と疾患リスクの単純な関連を見るのではなく、「脂肪酸―炎症―心血管代謝リスク」という連鎖を時系列で捉えようとしている点です。神戸研究の8年間の追跡データを用い、高血圧、高尿酸血症、高LDL血症、HbA1cの変化などを縦断的に解析することで、未病段階からのリスク形成過程をより立体的に評価しようとしています。解析にはCox比例ハザードモデルや混合モデルを用い、因果推論や感度分析によって結果の頑健性も検討します。
第三に、研究成果を社会実装につなげることを強く意識している点です。学術的な知見をそのまま示すだけでなく、医療職向け教材や実務手順に翻訳し、保険者・自治体の関係者からフィードバックを得ながら、実際の予防医療の現場で使える形にしていくことを計画しています。研究と現場を往復する双方向のサイクルをつくることが、私自身の独自の取り組みだと考えています。

社会とのつながり

社会とのつながり

この研究は、食生活と病気の関係を学術的に明らかにするだけでなく、予防医療の現場で使える形に翻訳できる点に社会的意義があります。血中脂肪酸という客観的なバイオマーカーを用いて、炎症や心血管代謝リスクとの関係を明らかにすることで、将来的には、健診や保健指導の場で早期からリスクを把握し、一人ひとりに合った予防支援につなげられる可能性があります。
私は、この研究成果を論文発表にとどめず、保険者・自治体・企業と連携しながら、現場で使える簡便なリスク層別化スコアや介入プロトコル、医療職向け教材へと展開していきたいと考えています。さらに、費用対効果も含めて検証し、実務手引きやガイドライン案として社会に還元することで、健康寿命の延伸や医療費適正化に貢献したいです。

今後の展望(研究)

今後は、血中脂肪酸、炎症、心血管代謝リスクの関連を明らかにするだけでなく、その知見を社会実装できる研究へ発展させたいと考えています。たとえば、保険者や自治体と連携して、n-3系脂肪酸摂取促進、減酒、運動などの小規模介入を段階的に設計し、血圧やCRPの変化、費用対効果まで評価する実装研究に取り組みたいです。研究で得られた知見が、実際に人の行動変容や健康指標の改善につながるところまで見届けたいと思っています。
また、質問票や健診基本指標を組み合わせて、脂肪酸関連リスクを簡便に層別化できるスコアを開発し、職域や自治体の現場で試行することも構想しています。さらに、医学・公衆衛生・栄養疫学・データサイエンス・行動科学・実装科学を横断する形で、他機関や他分野の研究者、行政、企業、現場の医療職と協働し、予防医療の新しい標準をつくりたいです。将来的には、日本で得られた知見をアジアを含む国際共同研究や各国の健康政策にも展開し、「精緻な科学が現場の意思決定に自然に生かされる状態」を実現したいと考えています。

今後の展望(キャリア)

私は現在、ヘルスケア企業を経営しており、事業として健康課題の解決に向き合う経験を積んでいます。ここで、優れた研究成果も、現場で活用される仕組みがなければ十分に社会に届かないことを実感しました。
今後はさらに、研究・事業・政策を横断して社会実装を進める橋渡し役になりたいと考えています。博士課程で培った疫学、栄養学、実装科学、データ解析の知見を基盤に、保険者・自治体・企業と連携し、エビデンスに基づく健康支援事業を継続的に推進していきたいです。特に、心血管代謝リスクの低減に向けた介入の設計、検証、定着までを一貫して担い、その成果を事業KPIやガイドライン、運用手順へ翻訳できる人材を目指しています。
また、現場で得られる課題やニーズを研究へ戻し、研究成果を再び社会へ返すという循環をつくることが、私の理想のキャリアです。最終的には、日本発の予防医療の実装モデルを育て、それを国内外に広げることで、誰もが無理なく健康的な行動を続けられる社会を実現したいと考えています。学術的な厳密さと、現場で動く仕組みづくりの両方を担える実務家・研究者として成長していきたいです。

社会へのメッセージ

私の研究は、食事と健康の関係を、アンケートだけでなく血液中の脂肪酸という客観的な指標を用いて明らかにしようとするものです。病気になった人を対象にするのではなく、まだ大きな異常が現れていない「未病」の段階に注目している点に特徴があります。日々の食生活の積み重ねが、炎症や将来の生活習慣病リスクにどうつながるのかを解明することで、誰もが自分の生活を見直すヒントにつながる研究にしたいと考えています。

企業の方へのメッセージ

この研究は、栄養疫学の知見を学術的に蓄積するだけでなく、保険者・自治体・企業の健康支援に実装できる可能性を持っています。将来的には、健診データや簡便な指標を活用したリスク把握、行動変容支援、予防プログラム設計などへの応用も視野に入れています。私は管理栄養士としての実務経験と、公衆衛生・疫学の研究基盤の両方を持っているため、研究と現場をつなぐ形での共同研究や事業開発に関心があります。健康経営、予防医療、行動変容支援、データ活用型ヘルスケアの領域で連携できる可能性があれば、ぜひご一緒したいです。

学生、他研究機関へのメッセージ

脂肪酸、炎症、心血管代謝リスクというテーマは、栄養学、公衆衛生学、臨床医学、データサイエンス、行動科学、実装科学など、さまざまな分野と接続できる研究だと考えています。私自身、研究を深めるほどに、単一分野だけでは見えない問いが多いと感じています。異なる専門性を持つ方々と議論しながら、新しい視点や方法論を取り入れて研究を発展させていきたいので、共同研究や情報交換のきっかけになれば嬉しいです。

後輩へのメッセージ

博士課程は、専門性を深める場であると同時に、自分の問いを社会とどうつなぐかを本気で考えられる時間でもあると思います。大変なこともありますが、自分の関心を掘り下げ、それを学術的な価値や社会的な意義にまで高めていけるのは、博士ならではの面白さです。私自身、研究を通じて、論文を書く力だけでなく、他分野と協働する力や、社会実装を考える視点も広がりました。博士課程の先には大学や研究機関だけでなく、企業、自治体、ヘルスケア事業など多様な道があるので、少しでも関心がある方には安心して挑戦してほしいです。