
研究テーマ
インタラクトーム解析に基づく15-LOX-1の新規機能解明
15-lipoxygenase-1(15-LOX-1)は、アラキドン酸などの多価不飽和脂肪酸の二重結合を特定の位置で酸化し、オキシリピンと呼ばれる生理活性脂質を産生する酵素です。15-LOX-1由来のオキシリピンは、脂質メディエーターとして炎症応答の収束に重要な役割を果たすことが知られています。しかし、その産生の制御機構は、いまだ未解明です。
近年、オキシリピンは単なるシグナル分子としてだけでなく、タンパク質を脂肪酸修飾することで細胞機能を変化させる可能性が注目されています。実際に、15-LOX-1依存的に修飾されるタンパク質群も報告されています。しかし、どのタンパク質が選択的に修飾されるのか、また、その修飾が細胞機能にどのような影響を与えるのかの全貌は明らかになっていません。
一般に、タンパク質間相互作用(PPI: Protein-Protein Interaction)は、タンパク質同士を近接させることで、翻訳後修飾(PTM)の選択性や特異性を決定する「足場」として機能することが知られています。そのため、15-LOX-1による脂肪酸修飾においても、PPIが重要な役割を果たしている可能性が考えられます。
そこで本研究では、15-LOX-1の新規機能に着目し、PPIを介した機能制御機構の解明を目指す。特に、15-LOX-1による脂肪酸修飾がどのように標的タンパク質を選択しているのか、さらにその修飾が細胞機能にどのような影響を与えるのかを明らかにすることを目的としています。
研究のきっかけ
私たちの体では、炎症は細菌や異物から身を守るために必要な反応です。しかし、炎症が長く続きすぎると、喘息や動脈硬化、自己免疫疾患など、さまざまな病気につながります。そのため近年では、「炎症を起こす仕組み」だけでなく、「炎症を適切に終わらせる仕組み」にも大きな注目が集まっています。15-LOX-1は、その炎症を収束させる働きに関わる脂質メディエーターを作り出す酵素として知られています。実際に、重症喘息患者では15-LOX-1の働きが低下していることも報告されており、生体の恒常性維持に重要な役割を持つと考えられています。
一方で、この酵素が「どのような細胞内シグナルによって制御されているのか」は、ほとんど分かっていません。同じリポキシゲナーゼ群の5-LOXでは、他のタンパク質との結合、つまりタンパク質間相互作用(PPI)によって活性が厳密に調節されることが知られています。しかし、15-LOX-1については、そのような制御機構が未解明のままでした。
私はこの点に強く興味を持ちました。特に「炎症を終わらせる重要な酵素なのに、なぜ制御機構が分かっていないのか」、「他のタンパク質との相互作用が鍵になっているのではないか」と考えたことが、本研究を始めたきっかけです。
研究上の工夫等
本研究は、タンパク質間相互作用に独自性があり、研究では、AlphaScreen法というタンパク質同士の近接を高感度に検出できる手法を用いて、15-LOX-1と結合するタンパク質群を網羅的に解析しました。その結果、ユビキチンE3リガーゼやキナーゼなど、タンパク質修飾(PTM)に関わる因子を複数見出しました。
この結果から、15-LOX-1自身が他のタンパク質によって修飾されて機能制御を受けている可能性や、逆に15-LOX-1が相互作用タンパク質を脂肪酸修飾することで細胞機能を変化させている可能性が見えてきました。
私は、こうした「PPI」と「脂肪酸修飾」がつながる新しい制御ネットワークを解明することで、これまで十分に理解されてこなかった脂質シグナルの仕組みを明らかにしたいと考えています。将来的には、炎症を単純に抑えるのではなく、「適切に終わらせる」ための新しい創薬戦略につなげていきたいです。

社会とのつながり
本研究は、脂質代謝酵素15-LOX-1の機能制御機構を解明することで、炎症制御に関わる新たな分子基盤の理解を目指す基礎研究です。特に、タンパク質間相互作用(PPI)に着目し、その制御を可能とする化合物の取得と、in vitroにおける機能評価を進めています。炎症反応は、生体防御に必須な反応である一方、過剰または慢性的な炎症は、動脈硬化、自己免疫疾患、神経変性疾患など多くの疾患の発症・悪化に関与しています。そのため、近年では「炎症を抑える」だけでなく、「炎症を適切に収束させる」ことが重要視されています。15-LOX-1は、炎症収束性脂質メディエーターの産生に関与する酵素として知られており、炎症を正常に終結へ導くうえで重要な役割を担うと考えられています。本研究により、15-LOX-1の機能がPPIによってどのように制御されるかを明らかにできれば、炎症収束機構を標的とした新たな創薬戦略につながる可能性があります。さらに、本研究で取得を目指すPPI制御化合物は、将来的に15-LOX-1の機能を調節するリード化合物として発展できる可能性があります。今後は、薬物動態や作用特異性などの評価を通じて創薬研究へ展開し、炎症性疾患の新規治療法開発への貢献を目指しています。
今後の展望(研究)
将来的には、ケミカルバイオロジーの観点から、脂質代謝酵素の機能を精密に制御できる新規創薬分子の開発へ発展させたいと考えています。
特に、化合物合成や構造解析を基盤とし、PPI形成部位や脂肪酸修飾機構を分子レベルで理解することで、作用機序に基づいた合理的な分子設計に挑戦したい。さらに、構造生物学や計算化学分野との共同研究を通じて、AIやシミュレーション技術を活用したPPI制御分子の設計にも取り組みたいと考えています。
また、脂質オミクスや質量分析技術を用いた網羅的解析により、脂肪酸修飾ネットワーク全体を理解し、炎症収束機構の包括的解明へつなげたいと考えています。加えて、免疫学分野との連携を通じて、マクロファージを中心とした炎症応答や慢性炎症疾患への応用可能性も検討しています。
最終的には、「炎症を抑える」のではなく、「炎症を適切に収束させる」という新たな創薬コンセプトを実現し、脂質代謝を基盤とした次世代創薬へ展開することを目標としています。
今後の展望(キャリア)
私が将来目指しているのは、「新しい治療薬のアイデアを、実際に患者さんへ届けるところまでつなげられる研究者」です。
現在は、タンパク質同士がどのように直接相互作用しているのかを研究しています。特に、電子顕微鏡を用いた構造解析に強い関心があります。構造解析は、タンパク質がどのような形をしていて、どこで結合し、どのように機能しているのかを“目で見える形”で理解できる技術です。私は、こうした技術を使って、「なぜその薬が効くのか」「本当に狙った標的に作用しているのか」を分子レベルで証明できる研究者になりたいと考えています。将来的には、創薬研究の中でも、新しい治療薬候補の妥当性を構造から支えられる専門家として貢献したいです。
一方で、研究を進める中で感じているのは、近年のAIやIT技術の発展によって、創薬研究そのもののスピードは急速に上がっている点です。今後は、これまで以上に多くの候補薬や膨大な研究データが生まれていくと思います。しかし、実際に薬を患者さんへ届けるためには、安全性や有効性を慎重に確認するための規制や臨床試験が必要になります。私は、この「研究成果を社会実装するまでの仕組み」が、これからますます重要になると考えています。そのため将来的には、研究だけでなく、規制科学や臨床応用にも関わりたいと思っています。例えば、PMDAや厚生労働省との連携も視野に入れながら、科学的な質を維持しつつ、有望な治療法をより早く患者さんへ届けられる仕組みづくりに貢献したいです。
また、私は「研究は一人ではできない」と強く感じています。実際に、自分一人で悩んでいた時には見えなかった解決策も、周囲と議論することで大きく前進した経験が何度もありました。そのため現在は、シニア学生として後輩のサポートや研究室環境の整備にも積極的に取り組んでいます。私は、リーダーとは単に指示を出す人ではなく、「メンバーそれぞれが最大限力を発揮できる環境を作る人」だと考えています。
将来的には、構造解析、創薬、規制科学など異なる専門分野をつなぎながら、多様な研究者が協力できるチームを作りたいです。そして、基礎研究で得られた発見を、実際の医療へとつなげられる研究リーダーになることを目標としています。

社会へのメッセージ
私たちの研究は、普段の生活の中で直接目に触れる機会が多くありません。しかし、こうした研究の積み重ねが、将来の医療や新しい治療法につながっていきます。このインタビューを通して、研究の面白さや意義の一端でも知っていただき、少しでも科学や研究に興味を持っていただければ嬉しいです。