
研究テーマ
アクアポリンの分子シミュレーション
私は「アクアポリン」と呼ばれる細胞膜内のタンパク質について研究しています。アクアポリンは、細胞膜を通って水や小さな分子を運ぶ「チャネル型タンパク質」の一種であり、特にイオンや他の物質を通さず、水のみを選択的かつ高速に透過させる機能を持っています。これにより、細胞内外への水の流れを制御する役割を持ち、生体内の水分バランス、尿の生成、など、生命活動に不可欠な機能に関与しています。
私はこのアクアポリンを分子・原子スケールでモデリングし、シミュレーションを行うことで、アクアポリンの構造変化や、アクアポリンを透過する水分子の挙動を分子レベルで理解することで、人体における水の流れの理解に貢献するとともに、カーボンナノチューブやポリマー膜といった人工物質と組み合わせることで、淡水化膜技術などへの応用につなげることを目指しています。
今後は、機械学習を用いて膨大なシミュレーションデータからチャネル構造の特徴を学習させ、「どのような構造が効率的な水透過を実現するのか」を明らかにすることで、高効率な水チャネルや淡水化膜技術の開発へと繋げていきたいと考えています。
研究のきっかけ
私はもともと、生物が持つ機能や構造を新しい技術に応用する「生物模倣(バイオミメティクス)」に強い興味を抱いていました。さらに研究室を選ぶ際には、プログラミングなどソフトウェアスキルを身につけたいという動機もあったため、現在の泰岡研究室を選びました。
現在の研究対象であるアクアポリンは、生体膜の水分子輸送に密接に関係するタンパク質であり、その機構の解明は、脳や腎臓などの生命機能維持機構の理解や関連疾患の治療に直結する医学的な意義を持ちます。また、近年はコンピュータシミュレーションやAI技術が急速に発展する中で、これらを活用できるスキル習得の重要性を強く意識し、分子シミュレーション研究に取り組むようになりました。
研究上の工夫等
私は、アクアポリンやカーボンナノチューブを対象として、NaCl濃度勾配や外部圧力といった多様な環境条件下で分子動力学シミュレーションを行っています。特に、透過現象に伴う統計的なゆらぎや特徴的な時間スケールを把握するため、長時間のシミュレーションを実施し、十分な時系列データの蓄積を行っています。これにより、環境依存的な透過挙動の違いを詳細に解析するとともに、短時間のシミュレーションでは観察の困難であった輸送ダイナミクスの解明を可能とするような工夫を取り入れています。

社会とのつながり
この研究は、私たちの身体の内外に豊富にある水分子を対象としています。そのため得られた知見は、脳疾患や水代謝異常に関わる疾患の理解や治療法の開発などの医療技術への応用に加え、海水淡水化や浄水化技術のための膜素材の高性能化に役立つ高効率なチャネル設計など環境技術への応用にもつながる可能性があります。
私は本研究を通して、「水」と「健康」という生命活動の根幹をなす重要な課題に対し、基盤的な知見を社会に還元することを最終的な目標としています。
今後の展望(研究)
今後は、他分野の研究者とのコラボレーションを積極的に進めたいと考えています。例えば、実験系の研究者との連携によるシミュレーションの結果の検証や、材料科学・環境工学分野との連携による新しい膜素材の開発を構想しています。さらに、量子化学計算や量子コンピュータを利用した手法にも新たに挑戦し、高精度なチャネル設計を実現したいと考えています。これらの取り組みを通じて、医療および環境技術の双方に資する基盤的知見の創出を目指しています。
今後の展望(キャリア)
今後は研究者として、国際的な場で分子シミュレーションとAIを統合した研究を推進すると同時に、産業応用や起業にも挑戦したいと考えています。特に、水処理技術など地球規模の環境課題に直結する分野において、研究成果を実際の製品やサービスへと展開し、社会実装に結び付けることを目指しています。さらに、日本と海外の研究・産業エコシステムをつなぐ役割を担い、科学で得られた知見を社会に還元する架け橋となるような活動を展開したいと考えています。
一般の方へのメッセージ
私の研究テーマは一言でいうと、「体の中や自然界を流れる水の通り道を、分子レベルで理解する」ことです。水分子の大きさはおよそ0.3 ナノメートルです(髪の毛の太さはおよそ0.1 ミリメートルなので、髪の毛の30万分の1くらい小さいです!)。そのため、顕微鏡を使ったとしても直接見ることはできません。そこでコンピュータ内で分子・原子の動きを再現する「分子シミュレーション」という方法を使い、水分子1個1個の動きや、「アクアポリン」などの水チャネルの中を水がどのように通り抜けるのかを調べています。こうした仕組みの理解は、健康や医療、水処理膜などの環境技術の発展に役立ちます。難しく見えるかもしれませんが、水は私たちの生活と深く結びついた存在です。この研究をきっかけに、皆さんに身近に感じてもらえれば嬉しいです!
後輩へのメッセージ
博士課程は、一言でいうと「挑戦の場」だと思っています。
研究では、研究の遂行だけでなく立案・実施・発表・連携などを自分で設計することが求められます。また研究だけでなく、生活の全てを自分で主体的に進めることで、「誰も答えを知らない問いを立て、自走して解決していく力」を身につけ、自分だけのキャリアを作ることができると考えています。そこには厳しさもありますが、自分の意志で進められる自由と面白さがあります。
博士課程では、研究成果を上げるだけでなく、将来のキャリアを広げるために学会参加や海外プログラム、企業との交流など、ネットワークや視野を広げる活動にも積極的に取り組む必要があると考えています。どこにどれだけ時間を割くかは自分自身で決めなければなりません。この選択の連続が博士課程での本質だと思います。
このように、将来のために数多くのことが求められる博士課程に進学するにあたり、私もすぐに進もうとは思いませんでした。就活もしていましたし、内定もいただき、一時は内定先の会社の同期に恵まれ楽しく仕事をしていくことを想像していました。しかし同時に、決められた道を進むだけでなく自ら道を切り拓いていく経験をしたいという思いが強くなり、博士課程への進学を選びました。博士号取得後のキャリアの不安はありますが、博士課程で培う「問いを立て、自走して解決していく力」をもとに、自分だけのキャリアを築けると考えています。まだ道半ばですが、自分が納得でき、かつ社会に貢献できるようなキャリアを描きたいと思っています。
また博士課程に在籍していると、「自分の意志で進められる自由と面白さ」がある反面、相談できる相手の少なさや将来に対する不安を持つなど環境的にも大変かもしれません。そういった点で、Keio-SPRINGでは学生間のイベントやキャリアセミナーなどのイベントなどもあり、そのような悩みを解消する場があると思います。参加することで、同じような境遇の友人との出会いや視野を広げるきっかけになります。(もちろん学生同士でお互い研究の話もシェアできてとってもアツいです!)
博士に進むか考えている場合は気軽に来てみて、色んな学生と話してみるのもいいかもしれません。
この記事を通じて、博士進学の選択肢を全く考えていなかった人が、少しでも関心を持つきっかけになればいいなと思っています。
