
研究テーマ
企業組織と生産性
一般に、大企業は中小企業よりも生産性が高いと考えられています。ただし、大企業は組織が大きい分、階層が増え、意思決定が複雑になりやすく、それが成長やイノベーションの妨げになる可能性もあります。
この点については、これまで理論的には多く議論されてきました。しかし、実際のデータを使って確かめた研究はあまり多くありません。その大きな理由は、企業の内部の組織構造を示すデータを集めるのが難しいからです。最近では、企業組織を「ネットワーク」として捉える考え方もよく語られますが、それを実証的に分析した研究もまだ十分にはありません。
そこでこの研究では、企業が公開している組織図に注目します。組織図に書かれた情報を、大規模言語モデル(LLM)を使って読み取り、組織のつながりをネットワークとして整理します。これによって、企業のさまざまな特徴と組織構造との関係を、多面的にデータに基づいて明らかにすることを目指しています。
研究のきっかけ
この研究テーマを選んだきっかけは、日本で企業の組織図に関するデータが利用できると知ったことでした。実際にそのデータを見たとき、これまで実証研究が難しかった企業の内部組織について、何か新しい分析ができるのではないかと感じたのが出発点です。とくに、組織図は一見すると画像や図表ですが、そこには部門間の関係や指揮命令系統といった組織の構造が含まれており、うまく処理できればネットワークとして捉え直せるのではないかと考えました。研究を始めた当初は、ちょうど生成AIやChatGPTが登場し始めた時期でもあり、最初は深層学習ベースの画像処理を用いて組織図を解析しようとしていました。しかし試行錯誤を重ねる中で、組織図に含まれる文字情報や階層構造、部門間の関係を柔軟に読み取るには、従来の画像処理よりもLLMの方が使いやすく、有効であると感じるようになりました。そうした技術的な変化も背景となって、公開されている組織図から企業組織をネットワークとして抽出し、その構造を実証的に分析するという現在の研究テーマへと発展してきました。
研究上の工夫等
本研究で意識している工夫の一つは、分析を経済学でよく用いられる指標だけに寄せすぎないことです。組織研究では、どうしても階層の深さや Span of Control(1人の管理者が何人を直接みているか)といった指標が中心になりやすいのですが、本研究では組織をネットワーク、として表現している強みを生かし、これまで経済学では十分に捉えられてこなかった構造的な特徴にも目を向けたいと考えています。たとえば、部門どうしのつながり方、特定の部署や人物への集中の度合い、情報や意思決定がどのような経路で流れやすいかといった点は、組織のパフォーマンスを理解するうえで重要である可能性があります。こうした、既存の経済学では見落とされがちだったが重要かもしれない特徴を積極的に取り入れる姿勢を大切にしています。


社会とのつながり
本研究を通じて社会に還元したいのは、企業の「組織のあり方」を、経験や勘だけではなく、データに基づいて考えられるようにすることです。どのような組織構造が生産性や技術導入のしやすさと結びついているのかを明らかにできれば、単なるコスト削減や業務効率化にとどまらず、意思決定のあり方、部門間の連携、権限配分といった組織設計そのものに対して、より本質的な示唆を与えることができると考えています。さらに、組織というものは企業に限らず、行政機関、教育機関、医療機関、非営利団体など、社会のさまざまな場に存在しています。そのため、本研究から得られる知見は、企業経営だけでなく、行政運営や公共サービスの改善をはじめ、幅広い組織のあり方を考えるうえでも活用できる可能性があると考えています。
今後の展望(研究)
企業組織を定量的かつ比較可能な形で捉える手法そのものに、大きな可能性があると考えています。たとえば、自社の組織構造が同業他社と比べてどのような特徴を持つのかを可視化する診断ツールの設計にも応用できる可能性があります。
今後の展望(キャリア)
今後は、研究者として本格的に研究の道を進み、海外に出て研究したいと考えています。現在取り組んでいる研究テーマに加えて、マクロ経済を自分の中心的な専門分野にしたいと思っています。とくに、為替や産業構造変化のように、経済全体を大きく動かすテーマに強い関心があります。こうした問題に対して、経済学の理論(モデル)と実証分析を軸にしながら、AIや新しいデータ分析手法も取り入れて挑戦していきたいです。
社会へのメッセージ
本研究では、企業の「組織のあり方」をデータとして捉え直すことに挑戦しています。これまで組織図は、せいぜい会社案内の中で眺めるものという印象が強かったと思いますが、AIを使うことで、そこに含まれる階層や部門間のつながりを分析可能なデータに変えることができます。普段はあまり意識されない組織図のような情報から、企業の強さや変化への対応力、さらには社会のしくみまで読み解けるかもしれない。その意外さと広がりが、この研究の大きな魅力だと思っています。
企業の方へのメッセージ
本研究は、組織の構造を定量的に捉え、どのような組織が生産性と結びつきやすいのかを考える試みです。たとえば、どれほど中央集権的なのか、情報や判断が現場まで届くのにどれくらいの距離やコストがかかるのか、といった「見えにくい組織の特徴」を可視化できる可能性があります。これは単なる効率化やコスト削減の議論にとどまらず、組織改革、人材配置、部門間連携の見直し、さらには変化に強い組織設計そのものを考えるための新しい視点につながると考えています。こうした知見は企業だけでなく、行政や公共組織など、幅広い場面での応用も期待できると思っています。
学生、他研究機関へのメッセージ
本研究では、経済学の問いを出発点としながらも、LLM、画像・テキスト処理、ネットワーク分析といった手法を組み合わせて、従来は扱いにくかった組織構造の実証分析に取り組んでいます。経営学、情報科学、ネットワーク科学など、さまざまな分野との接点を持つテーマです。だからこそ、異なる方法論や問題意識を持つ研究者同士が交わることで、まだ見えていない問いや発見が生まれる余地が大きいと感じています。
後輩へのメッセージ

博士課程での研究の魅力は、既存の問いに答えるだけでなく、自分なりの視点から新しい問いを見つけ、それを少しずつ形にしていけるところにあると思います。私自身も研究の方向性を試行錯誤の中で作ってきました。最初から完成されたテーマがある人ばかりではなく、やってみる中でテーマが育っていくことも多いと思います。博士課程は不安もある進路ですが、それ以上に、自分の関心を本気で追いかけられる自由と広がりのある時間だと思います。