
研究テーマ
脳波を用いたネガティブ思考の継続に関する時系列解析と臨床的応用
「あのとき、なぜこうしなかったんだろう」「どうして自分はダメなんだろう」。そんなネガティブな考えが頭の中でぐるぐると繰り返されることを「反芻(はんすう)」と呼びます。反芻はうつ病の重要な維持要因であることが知られていますが、「今まさに反芻している」という状態を外側から客観的に捉える方法は、いまだ確立されていません。私の研究では、この「目に見えない思考」を脳波という客観的な指標を用いてリアルタイムに可視化することを目指しています。現在は、「今、その人が何を、どの程度深く考えているのか」を判別する生理・神経指標の特定とモデル構築のため、日々脳波実験に取り組んでいます。将来的には、その指標を活用して反芻状態をリアルタイムに検出し、反芻が深まる前に、その人の思考状態に応じた支援を提案するシステムの実現を目指しています。
研究のきっかけ
中学時代から心理学に興味があり、高校時代には実際に調査を行って心理学に関するレポートを執筆するなど、人の心を科学的に数値化することに魅力を感じてきました。私自身も何か嫌な出来事が起こった際に繰り返し悩む経験があったため、そのような思考のメカニズムを知りたいという気持ちも研究への動機のひとつです。また、大学での学びを通じて、うつ病などの精神疾患が健康な状態と地続きであることを知り、深刻化する前の段階で、日常生活の中で自然にサポートできる仕組みを作りたいと考えるようになったことが、この研究を始めるきっかけとなりました。
研究上の工夫等
現在の研究では、実験室という統制された環境の強みを最大限に活かしています。日常生活の中で反芻を研究しようとすると、周囲の騒音や偶発的な出来事など、さまざまなノイズが混入し、純粋な思考状態を捉えることが難しくなります。実験室であれば、そうした外的なノイズを取り除いた上で、脳波という精緻な生理指標を用いて内的な思考状態を客観的に計測できます。一方、実験室では「日常の思考が再現されにくい」という課題もあります。そこで本研究では、実験前に参加者自身が実際に経験した出来事を思い出してもらう思考誘導を取り入れることで、実験室にいながらも日常場面に近い思考状態を引き出せるよう工夫しています。将来的には、実験室で得られた知見を土台として、日常生活の場面でも反芻を検出できるシステムへの展開を見据えています。実験室での精緻な基礎研究があってこそ、日常への応用も信頼性をもって実現できると考えています。
社会とのつながり
現在のカウンセリングや心理支援は、病院や相談室など「特別な場所」で行われることが多く、また「後から振り返って話す」ことが中心です。しかし、反芻は日常生活の中で無自覚のうちに始まります。この研究が発展し実用化につながれば、医療機関に通うことなく、日常生活の中で反芻を早期に検出し、その状態に応じた支援を自動で提示するシステムが実現する可能性があります。「病院に行くほどではないけれど、毎日ぐるぐると考えてつらい」と感じている人々にも届くケアの形として、社会的に大きな意義を持つと考えています。

今後の展望(研究)
現在は学生や社会人を対象とした実験を行っていますが、今後は臨床群の方々にもご協力いただき、より精度の高いモデルを構築したいと考えています。また、ベイズ統計や機械学習などの先端的な解析手法を取り入れ、一人ひとりの「思考の癖」に合わせた支援アルゴリズムを完成させることが目標です。
今後の展望(キャリア)
研究者として、「実験室の知見を実社会の支援につなげる」ことを一貫して追求したいと考えています。臨床心理学と認知神経科学、デジタル技術を架橋する研究を続けながら、将来的には研究の成果を実装した支援ツールやアプリを通じて、困っている人に直接届く形での社会貢献を実現したいと思っています。
社会へのメッセージ
「ぐるぐると考えてしまってつらい」という経験は、多くの人に身に覚えがあると思います。私の研究は、そのような思考を脳波という客観的な指標から捉え、その場でサポートを届けることを目指しています。思考の状態が可視化され、必要なときに手を差し伸べられる技術の実現に向けて、取り組んでいます。
企業の方へのメッセージ

思考を捉える本研究は、メンタルヘルスケアやそれに関するアプリ開発など、さまざまな領域への応用可能性を持っていると考えます。研究の社会実装に向けて、日々基礎研究に取り組んでいます。
学生、他研究機関へのメッセージ
心理学・神経科学・工学などにまたがる研究を進めており、異分野との接点も多いテーマだと感じています。反芻や感情制御、注意・思考に関連する研究をされている方、あるいは日常環境での生体計測や適応型介入に取り組んでいる方と、知見を共有したり一緒に考えたりできる機会を楽しみにしています。
後輩へのメッセージ
博士課程は、自分で問いを立て、自分で答えを出していく場所です。大変なこともありますが、自分の研究が誰かの助けになるかもしれないという実感が、前に進む力になっています。