研究テーマ

仏教心理学に基づく消費者への自己理解を通じた持続可能な衣服選択システムの開発(Prolonging Clothing Longevity Through Self-Understanding: Developing a New Clothing Selection Education System for Consumers from a Buddhist Psychological Perspective)

私たちは普段、「白と黒は定番だ」「黒いワンピースは一着持っておくべきだ」といった、社会の中で当たり前のように広まっている考え方に囲まれて生きています。こうした基準は、一見するとただの流行や常識のようですが、実は私たちの価値観や「自分らしさ」の感じ方にも少しずつ影響を与えています。
服は、そういった自分の価値観や個性を目に見える形で表すものです。本来なら、服選びは「自分に本当に合うものは何か」「自分は何を大切にしたいのか」を映し出す行為でもあります。ところが実際には、多くの人が自分の本当の気持ちよりも、流行や周囲の評価、世の中の基準に合わせて服を選んでしまいがちです。
その結果、「自分に似合うはずだ」「これが自分らしいはずだ」と思って買った服でも、あとになってしっくりこず、すぐ着なくなってしまうことがあります。つまり、自分を十分に理解できていないと、服選びが外からの影響に左右されやすくなり、買っては手放すことを繰り返してしまうのです。
これはファッション業界の環境問題とも深く関わっています。最近はファストファッションの広がりによって、安くて新しい服が次々に手に入るようになりました。そのため、服を気軽に買い、気軽に捨てる消費行動が増えています。こうした大量生産・大量消費・大量廃棄は、環境への大きな負担になっています。
これまで企業や環境団体もさまざまな対策をしてきましたが、それだけでは十分ではありません。なぜなら、問題の根本には「人がなぜ服を買い、なぜすぐ手放すのか」という消費者の心や行動の問題があるからです。
そこで私は、この問題を考える上で、仏教の考え方が役立つのではないかと考えています。仏教では、人の苦しみの原因の一つとして「尽きない欲望」や「執着」が重視されます。次々に新しいものを欲しくなったり、流行に振り回されたりする心の動きは、まさに現代の消費行動にも通じるものがあります。また、近年は「マインドフルネス」や「マインドフル消費」といった考え方が注目されています。
本研究では、こうした課題をふまえて、仏教心理学の考え方をもとにした「服の選び方を学ぶシステム」を作ろうとしています。ただ環境にやさしい服を勧めることではありません。自分自身を深く理解し、自分に本当に合う服を見極められるようになることで、流行や周囲に振り回されにくくし、服をもっと大切に選び、長く活かせるようにすることです。

研究のきっかけ

研究のきっかけ

私は、仏教に深い縁を持ち、ファッション業界で働いた経験のある両親のもとで育ちました。大学ではファッションデザインを学び、その過程で仏教の世界観に強く影響を受け、仏教の教えをインスピレーションとした服飾コレクションをいくつか制作しました。さらに大学院では仏教学を専攻し、日本の仏像および僧侶の服装に関する研究に取り組みました。
長年、衣服の世界に身を置いてきた私が強く実感したのは、服の大量生産・大量消費が環境に大きな負担を与えているという問題です。今の社会では、流行が次々に変わり、多くの人が「もっと欲しい」「新しいものが欲しい」と感じやすくなっています。その結果、まだ着られる服でもすぐに手放されてしまうことがあります。
私は、このような過剰な消費の背景には、人の「欲」の問題があると考えています。そしてこの点は、欲望との向き合い方を大切にする仏教の考え方から見直すことができるのではないかと思い、この研究を始めました。
現在は、ファストファッションによる環境問題の解決に向けて、仏教の考え方を取り入れながら、人が自分に本当に合う服を見つめ直し、服をもっと大切に選び、長く活かすことにつながるような衣生活や服飾教育のあり方を研究しています。

研究上の工夫等

本研究は、専門分野の知識だけで課題を捉えるのではなく、社会に存在する複雑な問題をシステム全体として理解し、学際的に解決を目指すというシステムデザイン・マネジメント研究科の考え方と強く重なっています。特に、ファッション産業における環境問題は、単に衣服そのものや消費者行動だけを個別に見るのではなく、生産・消費・廃棄、さらに消費者の心理や価値観まで含めて総合的に捉える必要があります。
購買過程における消費者と衣服との相互作用を一つのシステムとして捉えると、その内部はブラックボックスのように見えます。つまり、消費者がなぜその服を選ぶのか、どのような価値観や心理が意思決定に影響しているのかは、外からは見えにくいのです。そのブラックボックスの内部を理解するためには、さまざまな視点から検討する必要があります。
本研究では、その相互作用を明らかにするために、仏教心理学という新しい視点を取り入れています。仏教心理学では、「自己」は固定された一つの実体ではなく、多くの要素によって成り立つものと考えられています。つまり、私たちが普段「これが自分だ」と思っているものも、実際には感情、認識、記憶、欲望、身体感覚など、さまざまな要素の積み重ねによって成り立っていると捉えます。
この視点を用いることで、消費者が衣服を選ぶときの心理や欲望、自己認識のあり方をより細かく理解できるようになります。そして、なぜ人が流行や外部の評価に影響されやすいのか、なぜ本当に必要な服ではなく「自分に合うと思い込んだ服」を買ってしまうのかを明らかにすることができます。こうした理解は、持続可能な衣服選択システムを設計するための重要な基盤になると考えています。
ファッション、仏教心理学、消費者行動、システムデザインという複数の分野を横断して研究を進めている点も、本研究の特徴の一つです。異なる分野の知見を統合することで、ファッション産業における持続可能性の課題に対して、より実践的で新しい解決策を提示できると考えています。

研究上の工夫等
K. Y. Lung and M. Niitsuma, “How to prevent short-term usage: Clarifying wearer requirements through model-based systems approach and the mind-only school perspective,” in Proceedings of the 31st ISTE International Conference on Transdisciplinary Engineering, London, UK, 2024, in Advances in Transdisciplinary Engineering, vol. 60, pp. 391–400, doi: 10.3233/ATDE240884.

社会とのつながり

社会とのつながり

この研究は、消費者が自分に本当に合った衣服を見極め、流行や外部の評価に過度に左右されずに服を選べるようにすることで、過剰消費や衣服廃棄の削減に貢献できると考えています。その結果、ファッション産業における環境負荷の軽減につながるだけでなく、人々が衣服をより大切にし、自分らしい衣生活を築くことにも寄与できると考えています。さらに、この研究で得られる知見は、衣服にとどまらず、他の消費行動やライフスタイル全般にも応用できる可能性があると考えています。人々のホリスティック・ウェルビーイングの向上に寄与することを目指しています。

今後の展望(研究)

今後取り組んでみたいこととしては、まず、ファッションブランドと共同で実証実験を行い、本研究で持続可能な衣服選択システムを実際の社会の中で検証し、その有効性や妥当性を確かめていきたいと考えています。実際の消費者との接点の中で、この仕組みがどのように機能するのかを明らかにしたいです。
また、ショッピングモールなどの商業施設と連携し、消費者の衣服選択行動を追跡しながら実験を行うことにも関心があります。たとえば、消費者がどのような基準で服を選び、どのような場面で流行や外部評価の影響を受けるのか、また自己理解を促す働きかけによって行動がどのように変化するのかを、実際の購買環境の中で観察・分析してみたいです。こうした取り組みにより、研究で構築したシステムが現実の消費行動に与える影響を、より具体的に把握できるのではないかと考えています。
さらに、システム開発後には、ブランドや小売の現場に向けた研修プログラムとして展開することも構想しています。消費者に直接働きかけるだけでなく、販売員、企画担当者、ブランド運営者などが、自己理解や持続可能な消費という視点を理解し、それを接客や商品提案、ブランドづくりに活かせるような仕組みへと発展させたいです。これにより、単なる環境配慮型の商品提案にとどまらず、消費者が自分に本当に合うものを選び、長く大切に使いたくなるような文化そのものを育てていくことを目指しています。

今後の展望(キャリア)

今後は、ファッション、仏教心理学、消費者行動、システムデザインを横断する研究をさらに深め、持続可能な衣服選択システムの構築と社会実装に取り組みたいと考えています。将来的には、大学や研究機関で研究を続けながら、ブランドや教育機関とも連携し、研究成果を教育や実務の現場に還元していきたいです。最終的には、「仏教×ファッション」という独自の専門性を生かし、持続可能性の向上と人々のウェルビーイングの両立に貢献できる研究者になることを目指しています。今後も精進いたします。

今後の展望(キャリア)

社会へのメッセージ

衣服は衣食住の一つであり、私たちの生活に欠かせないものです。しかし、あまりにも当たり前に存在しているために、私たちは衣服と自分との関係について改めて考えることが少ないのではないでしょうか。この研究は、仏教心理学の視点から世の中を見て、そのような衣服と人との関係を見つめ直し、消費者が自分に本当に合った衣服を選び、より大切に長く活かしていくためのあり方を探るものです。

企業の方へのメッセージ

本研究の魅力は、ファッション産業が抱える環境負荷の問題に対して、単なる素材開発やリサイクルといった供給側の対策にとどまらず、消費者の選択行動そのものに働きかける新たなアプローチを提示できる点にあります。
社会実装の可能性としては、アパレルブランド、小売企業、商業施設、教育機関等と連携し、消費者が自分に本当に合った衣服を見極め、主体的に選択できる仕組みとして展開することが考えられます。たとえば、接客支援、購買体験の設計、ワークショップ、従業員研修、サステナビリティ教育プログラムなどへの応用が期待できます。これにより、企業にとっては、環境配慮型の価値提案に加え、顧客とのより深い関係構築やブランド価値の向上にもつながる可能性があります。
また、商業利用の面では、衣服選択支援ツール、教育プログラム、ブランド向け研修プログラム、消費者体験型サービスなどとして発展させることも視野に入れています。近年、企業においてはサステナビリティとウェルビーイングの両立が重視されており、本研究はその両方に貢献し得る点にも特徴があります。
私自身は、これまでファッション、仏教学、衣服に関わる実務経験を重ねてきました。今後は、それらの知見をシステム思考によって統合しながら研究を発展させていきたいと考えています。理論研究にとどまらず、実際の社会課題に対して実装可能な仕組みとして提案できることが、本研究の特色です。今後は、ファッションブランドや他機関とのコラボレーションを通じて、本研究を実社会の中で検証し、持続可能な消費行動の変容に寄与する形で展開していきたいと考えています。
ご興味をお持ちいただけましたら、ぜひご一緒できれば嬉しく思います。

学生、他研究機関へのメッセージ

様々な学校や研究機関において、すでに持続可能な衣服に関する素晴らしい研究が進められており、その一員として関わらせていただけることを大変光栄に存じます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

学生、他研究機関へのメッセージ